練馬区なのに「としまえん」?かつての景勝地と新興の街を歩く-練馬区向山・光が丘散策

前回散策した練馬区の石神井周辺を離れ、今回はとしまえん、そして光が丘を散策します。

練馬区なのに「としまえん」

都内有数の遊園地、「としまえん」にやってきました。

としまえん

その名から、豊島区にあると誤解されがちな「としまえん」ですが、練馬区に存在しています。
としまえんは、室町時代に築城された練馬城の城址を中心に造園されました。
園名は同城を築城し治めた豊島氏に由来しています。

当地には、室町時代に豊島氏によって築城された練馬城がありましたが、後に廃城となり、江戸時代は雑木林と田畑が広がる土地でした。

明治期になると景勝地として整備され、大衆に開かれ、戦後になると遊園地として営業され現在に至ります。

園内には、各種遊戯施設がある他、春のソメイヨシノ、初夏のアジサイの花の名所として、夏にはプールなど多くの地元住民が訪れる都会のオアシスとなっています。
最近ではジャパンコスプレフェスティバルなどイベント企画も多開催され、また併設のグラウンドは、企業・学校の運動会に利用されています。

施設の中でも、流れるプールは世界で初めて設置されたことでも有名です。

住宅街にいくつもの公園が

練馬区は、公園数が23区内で最も多い区です。
その統計のとおり、ちょっとした住宅街や裏道に、数多くの公園を見ることができます。

公園1 公園2

この2つの公園は、住宅街を歩いて1~2分程度の距離にあり、両方とも住宅街の公園としては十分な面積を誇っています。
特に下の写真は「ガラクタ公園」の名がついています。
これは、かつて私有地の野原だった頃に「ガラクタ広場」と呼ばれていたことにちなんでいます。
現在では区によって綺麗に整備され、ガラクタの面影はありません。

昔は雑木林や畑が多くの面積を占めていた練馬区。
住宅や団地建設で整備される過程で、多くの公園を作る敷地が豊富にあったことも、公園数ナンバーワンの理由です。

光が丘へ

23区有数ので広大な範囲に団地が建てられ巨大な公園を擁する街、光が丘へやってきました。

光が丘

光が丘は、かつては武蔵国豊島郡上練馬村田柄、高松、下土支田村(土支田)にまたがる地区で、広大な農地でした。
戦時中に、現在の光が丘公園に成増飛行場が設置され、戦後は連合軍に接収され連合軍用の家族宿舎が立ち並んだ地区です。
1973年に日本に返還され、半分は都営住宅、公団住宅、民間の団地など居住区域として、もう半分は公園として整備され、現在に至っています。

建設の経緯からもうかがえるように、この地域の道路は直線状で大通りが整備され、昭和50年代より本格的な入居が始まったため、古くからの商店などは存在しません。
都営大江戸線・光が丘駅と直結する「ショッピングセンターIMA」があり、周囲はカフェ、レストランなどチェーン店がほとんどを占めています。

高架

光が丘公園からショッピングセンターIMAに沿って伸びている遊歩道を進むと、上記で挙げた、約60haを誇る練馬区最大面積を誇る光が丘公園があります

光が丘公園

野球場は4面、400mトラックの陸上競技場をはじめ、人工芝のテニスコートが8面、デイキャンプ場、バーベキュー広場、サッカー場、弓道場も備えており、区民のスポーツやアウトドアを支える公園です。

広場の周囲には桜が植えられ、春になると多くの花見客でにぎわいます。

光が丘は歴史的には浅く、下町散策のような楽しみはありませんが、思いっきり体を動かせアウトドアも体験できる貴重な空間を備えた、魅力の高い街と言えるでしょう。

さて、次回はこれまでの散策や、ご紹介しきれなかった区の様子を踏まえ、豊島区商圏分析をまとめます。

test エディター:津倉 深根雄
Web業界(主にEC業界)に十数年身を置いていた、モータースポーツ大好きなフリーライター。
夫婦でシクロツーリスト(自転車旅人間)。新婚旅行は本州~九州縦断の自転車旅。
この時、「人の心を動かすのは、サービス内容や集団ではなく、人のキャラクターとの触れ合い」なことを悟る。